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ノック
私の午睡はノック音によって破られた。まことに高デシベルなノック音で、それがノック音だとわからない程であった。しかし、その音は「コンコン」としか表現しようがなかったので、私にはそれがノック音だとわかったのである。驚いた私はナイトキャップを被ったまま屋上に駆け上がり、そこで真実を目にした。因みに、寝るときは必ずナイトキャップを被るのが私のこだわりである。
世界中の人間が私の家を囲んでノックしていたのである。世界中、全ての人間である。流石にそれはないだろうなどという勘ぐりはナンセンスだ。私がちゃんと数えたのだから間違いない。想像してみたまえ。世界中の総人口を約65億人、1人の占めるスペースを少なめに見積もって30平方センチメートルと仮定しても、3150万平方メートルにも広がる人間の頭部が私の家を囲んでいることになるのである。これはすごいことだ。
さて、これはただごとではないと判断した私は階段を駆け下り、ナイトキャップを被ったまま玄関を開けようとした。寝るときは必ずナイトキャップを被るのが私のこだわりであることは、先に述べたとおりである。しかし、ドアノブに手をかけた刹那、ノック音とともに私の体は後方にはじきとばされ、壁に叩きつけられてしまった。その衝撃で壁にかけていたラッセンのジグソーパズルが私をかすめて落下し、ナイトキャップもはじきとばされた。当然のことである。なんといっても世界中の人間という人間が私の家の外壁という外壁をノックしているのだ。直接手のとどかない者は、自分のまえにいる人間の背中をノックすることでその力を余すことなく私の家の外壁に伝えている。そして、外壁に近い者からその体を血肉の塊に変えて外壁に打ち付けているのだ。彼らのノックは淀みなく、精確である。その前にあっては我が頑強なる鉄筋住宅も紙片に等しいのではなかろうか。自由落下するナイトキャップを呆然と見つめながら、私はそう思考した。
コンコン、ごごごごご、べごぉっ。なんと、いよいよ壁がへこんできたぞ。
「やめろぅ、やめてくれぇ」
そんな私の精いっぱいの懇願も、世界中の人間のノック音を前にしてはひとつの意味もなさない。
コンコン、ごごごごご、べごっべぎょぉっ。
ノック音は私を嘲笑うかのようにその振幅とエネルギー量を高めていく。なんという熱量だ。見よ、冷凍庫のパピコは溶けている。
コンコン、ごごごごご、べごぉべぶぐぎょふぉぉっ。
ついに私の鼓膜は破かれた。ショッキングピンクの物体が耳から噴出し、飛び散る様はショッキングである。ソニックウェーヴは私の臓物を揺るがし、破壊する。
コンコン、げげげげげ、ぎゃぁっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃぁぁぁぁぁっ。
いつしか、壁は私の血まみれの体に触れるほどに迫っていた。関節という関節の潤滑油は漏れ出し、動けばもげそうで心配である。それでも私はなんとかナイトキャップを被り直すことに成功した。
先にも述べたが、寝るときは必ずナイトキャップを被るのがわたしのこだわりである。
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星新一の本のあとがきを読んで思いついた話です。
なにがなんだか。